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宇都宮地方裁判所足利支部 平成9年(ワ)154号 判決 1999年3月16日

主文

一  甲事件被告は、甲事件原告に対し、金七四万円及びこれに対する平成九年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件被告は、乙事件原告に対し、金三七万円及びこれに対する平成九年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  甲事件原告及び乙事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、全事件を通じてこれを五分し、その一を甲事件被告及び乙事件被告の負担とし、その余を甲事件原告及び乙事件原告の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件について

甲事件被告は、甲事件原告に対し、金三九九万円及びこれに対する平成九年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件について

乙事件被告は、乙事件原告に対し、金一九九万五〇〇〇円及びこれに対する平成九年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  甲事件について

本件は、交通事故により負傷したと主張する甲事件原告が、甲事件原告を被保険者として甲事件原告と甲事件被告との間で締結された傷害保険契約に基づき、甲事件被告に対し、保険金の支払を求めた事案である。

二  乙事件について

本件は、甲事件原告が交通事故により負傷したと主張する乙事件原告が、甲事件原告など三名を被保険者、乙事件原告を保険金受取人として乙事件原告と乙事件被告との間で締結された普通傷害保険契約に基づき、乙事件被告に対し、保険金の支払を求めた事案である。

三  当事者間に争いのない事実等

1  甲事件被告及び乙事件被告は、損害保険業務を目的とする会社である。

2  乙事件原告は、着装、美容、貸衣装の業務などを目的とする有限会社であり、甲事件原告の雇用主である。

3  甲事件原告は、甲事件被告との間で、次のとおり、平成四年七月三日被保険者を甲事件原告とする四件の積立普通傷害保険契約(以下、その番号の順に本件一ないし四保険契約」という)を、平成五年九月九日被保険者を甲事件原告とする一件の年金払積立傷害保険契約(以下「本件五保険契約」という)をそれぞれ締結した。

(一) 積立普通傷害保険契約

(1) 契約日 平成四年七月三日

証券番号 四六一一二〇〇八〇二

保険期間 平成四年七月三日から平成九年七月三日午後四時まで

保険金額 入院保険金日額六〇〇〇円

通院保険金日額四〇〇〇円

(2) 契約日 平成四年七月三日

証券番号 四六一一二〇〇八〇三

保険期間 平成四年七月三日から平成九年七月三日午後四時まで

保険金額 入院保険金日額六〇〇〇円

通院保険金日額四〇〇〇円

(3) 契約日 平成四年七月三日

証券番号 四六一一二〇〇八〇四

保険期間 平成四年七月三日から平成九年七月三日午後四時まで

保険金額 入院保険金日額六〇〇〇円

通院保険金日額四〇〇〇円

(4) 契約日 平成四年七月三日

証券番号 四六一一二〇〇八〇五

保険期間 平成四年七月三日から平成九年七月三日午後四時まで

保険金額 入院保険金日額六〇〇〇円

通院保険金日額四〇〇〇円

(二) 年金払積立傷害保険契約

契約日 平成五年九月九日

証券番号 四六一八四〇六五六一

保険期間 平成五年九月九日から平成一九年九月九日午後四時まで

保険金額 入院保険金日額六〇〇〇円

通院保険金日額四〇〇〇円

4  乙事件原告は、乙事件被告との間で、平成八年一月一二日被保険者を甲事件原告など三名、保険金受取人を乙事件原告とする普通傷害保険契約を締結したところ、その後の同年八月二六日契約内容が一部変更となった(被保険者及び保険金受取人については変更されていない)ことから、後記交通事故発生当時の契約内容は次のとおりであった(以下「本件六保険契約」という)。

証券番号 九五八五七一七七三一

保険期間 平成八年九月一日から平成九年二月一日まで

保険金額 入院保険金日額一万五〇〇〇円

通院保険金日額一万円

5  本件一ないし六保険契約には、傷害保険普通保険約款及び通院保険金支払特約条項が存する。

(一) 同約款には、入院保険金の支払について、次のような条項(以下「本件一条項」という)が存する。

「被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に傷害を被り、その直接の結果として、平常の業務に従事することまたは平常の生活ができなくなり、かつ、次の各号のいずれかに該当した場合は、その期間に対し、事故の日からその日を含めて一八〇日を限度として、一日につき、保険証券記載の入院保険金日額を入院保険金として支払います」。そして、右各号として、

「入院(医師による治療が必要な場合において、自宅等での治療が困難なため、病院または診療所に入り、常に医師の管理下において治療に専念することをいいます)した場合」。

(二) また、同約款には、保険金を支払わない場合として、次のような条項(以下「本件二条項」という)が存する。

「原因のいかんを問わず、頸部症候群(いわゆる「むち打ち症」)または腰痛で他覚的症状のないものに対しては、保険金を支払いません」。

(三) 前記通院保険金支払特約条項には、次のような条項(以下「本件三条項」という)が存する。

「被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に傷害を被り、その直接の結果として、平常の業務に従事することまたは平常の生活に支障を生じ、かつ、通院した場合には、その日数に対し、九〇日を限度として、一日につき、保険証券記載の通院保険金日額を通院保険金として支払います。ただし、平常の業務に従事することまたは平常の生活に支障がない程度になおったとき以降の通院に対しては、通院保険金を支払いません」。

そして、通院について、

「前項にいう通院とは、医師(被保険者が医師である場合には、被保険者以外の医師をいいます)による治療が必要な場合において、病院診療所に通い、医師の治療を受けること(往診を含みます)をいいます」。

6  次のとおりの交通事故(以下「本件事故」という)が発生した。

日時 平成八年九月八日午後二時一七分ころ

場所 栃木県足利市伊勢南町五番地一四

被害車両 甲事件原告運転の普通乗用自動車(栃木五三た六八六六)

加害車両 訴外川岸敬子(以下「川岸」という)運転の普通貨物自動車(栃木四一か八八八四)

事故の態様 停車中の被害車両に加害車両が追突した。

7  甲事件原告は、本件事故後、次のとおり入通院した。

(一) 太田福島総合病院(以下「太田病院」という)

通院 四日間(平成八年九月八日から同月二七日まで)

入院 一六日間(平成八年九月一一日から同月二六日まで)

(二) 医療法人みくりや整形外科(以下「みくりや整形」という)

通院 九日間(平成八年九月二七日から同年一〇月七日)

(三) 栃木県医師会温泉研究所附属塩原病院(以下「塩原病院」という)

入院 九三日間(平成八年一〇月八日から平成九年一月八日まで)

通院 八日間(平成九年一月九日から同月二一日まで)

(四) みくりや整形

通院 一五日間(平成九年一月二二日から同年二月七日まで)

四  甲事件原告及び乙事件原告の主張

1  甲事件原告は、本件事故により頸部、腰部などに傷害を受け、その治療のために、前記のとおり、平成八年九月八日から平成九年二月七日まで、太田病院、みくりや整形及び塩原病院に一〇九日間入院するとともに、三六日間通院した。そして、甲事件被告は、本件一ないし五保険契約に基づき、入院については日額合計三万円、通院については日額合計二万円の支払義務を負い、乙事件被告は、本件六保険契約に基づき、入院については日額一万五〇〇〇円、通院については日額一万円の支払義務を負っている。

よって、甲事件原告は、甲事件被告に対し、本件一ないし五保険契約に基づき、保険金合計三九九万円及びこれに対する本件訴状送達日(平成九年一〇月二四日)の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、乙事件原告は、乙事件被告に対し、本件六保険契約に基づき、保険金合計一九九万五〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達日(平成九年一〇月二四日)の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  本件事故の態様について

本件事故は、被害車両が赤信号で停止中に加害車両が追突したものである。

3  本件一ないし三条項について

(一) 甲事件被告及び乙事件被告は、甲事件原告の本件事故による負傷が入院保険金についての本件一条項(平常の生活をできなくなったことなど)及び通院保険金についての本件三条項(平常の生活に支障を生じたことなど)の支払要件を充足していない旨主張する。

しかしながら、太田病院、みくりや整形、塩原病院の各担当医師は、治療行為の必要性があるので、甲事件原告に対し、治療を行っているものである。そして、甲事件被告及び乙事件被告の提出した鑑定書(乙第一号証)は、被害車両の修理見積書、同車両及び加害車両の写真、本件事故の現場の状況を資料とした上、甲事件被告及び乙事件被告の依頼に基づき、甲事件原告に診療行為を加えることなく、単に机上で判断して作成されたものである。したがって、同鑑定書の「甲事件原告の頸部や腰部への傷害は考えられない」旨の結論は到底信用できるものではない。

(二) 甲事件被告は、本件二条項に基づき、他覚的所見がないとの理由で、甲事件原告の受けた傷害に対し保険金の支払いをしない旨主張する。しかしながら、甲事件原告が本件事故により傷害を受け、入通院しているにもかかわらず、保険金の支払いをしないことは保険契約の存在を無視するものであって、到底許されるものではない。したがって、本件二条項は、保険契約の当事者に対する拘束力を有しないものである。

五  甲事件被告の主張

1  本件事故の態様について

本件事故現場は、進路前方にかけて上り坂となっている乾燥したアスファルト舗装道路である。そして、川岸は、本件事故現場の前方の交差点の信号が赤色であったことから、一旦停止した後、同信号が青色に変わったため、加害車両を時速約三ないし五キロメートルで発進、進行させたところ、約三メートルほど進行した際、直前で被害車両が停止し続けていたことから、ブレーキをかけたが、被害車両の後部に追突したものである。

本件事故における被害車両の破損状況は同車のリアバンパーに軽微な押し込みが観察される程度であり、加害車両の破損状況は同車のフロントバンパーに若干の後退が見られる程度である。このような右各車両の変形状況等からすれば、鑑定書(乙第一号証)に記載されているように、本件事故時における加害車両の速度は大きめに見ても時速約一〇・三キロメートルである。そして、同速度で衝突した際に甲事件原告に生じた衝撃は、その加速度約〇・九一Gであり、これは自動車走行中に急ブレーキをかけたときと同程度であり、志願者を使った追突実験による衝突速度、加速度よりも低いレベルであって、頸部及び腰部に傷害が生ずるほどの衝撃ということはできない。現に車両重量が被害車両の二分の一であり、甲事件原告に比較して二倍以上の強い加速度を受けた川岸とその同乗者は、本件事故により強い衝撃は受けていないものであって、頸部などに傷害も負っていない。

これに対し、甲事件原告は、加害車両の速度は時速約六〇キロメートル以上であった旨、追突されたとき、同人の頭は弓なりに前に倒れた後、反動で上がりました旨の供述をしているが、これらの供述は、前記事故の状況からして信用できないものである。

2  本件一ないし三条項について

(一) 本件一、三条項について

甲事件原告は、本件事故により頸部痛及び両手のしびれを訴え、平成八年九月八日太田病院において治療を受けた。甲事件原告は、以後二日間通院したが、しびれ感が上肢全体に及んだと訴えたため、安静目的で入院することとなった。甲事件原告は、同病院に入院中、何ら合理的な理由もなく、MRI検査を拒否している上、同月二四日に至り、治療中であるにもかかわらず、「明日夕方六時ころ何が何でも退院します。先生に報告して下さい」と自ら退院する旨強硬に申し出ている。そして、甲事件原告は、自ら紹介状を用意し、担当医師の指示によらず、自分の意思で同月二七日同病院を退院した。この間の甲事件原告の症状には他覚的所見は存しない。

その後、甲事件原告は、同日から同年一〇月七日までみくりや整形に通院しているが、同整形における診断、傷病名は、頸椎・腰椎捻挫となっている。甲事件原告の傷病名については、太田病院においては、退院時、同人の訴えによる後頸部から背中にかけての痛みとなっており、腰椎捻挫との診断は存しない。そして、甲事件原告は、みくりや整形に九日間通院した後の同年一〇月七日、治療中であるにもかかわらず、医師に無断で転院した。この期間の甲事件原告の症状には他覚的所見はない。

さらに、甲事件原告は、自ら発行を申し出た太田病院の紹介状の送付を受けた塩原病院に同年一〇月八日から平成九年一月二一日まで入院した。この際の甲事件原告の主訴は、頸部痛、筋緊張筋力低下、頭痛、吐き気であり、傷病名は頸椎捻挫、その症状は両上肢外側の知覚低下及び頸椎可動域制限ありというものであった。しかしながら、右各症状を裏付ける他覚的所見はない。また、MRIによる脊椎管狭窄が存するものの、それは加齢によるものとされており、現に甲事件原告の主張によっても、頸椎装具をはずし、軽快していることからして、本件事故により右狭窄が生じていないことは明らかである。そして、塩原病院における入院中の治療方法は、温泉浴とリハビリテーションである。

その後、甲事件原告は、同年一月二一日自らの要求で紹介状を得て、再度みくりや整形に転院したが、同人が塩原病院を退院した際、同病院側で甲事件原告に退院勧告を行った事実はなく、同紹介状には症状が軽快した旨記載されている。みくりや整形には、同年一月二二日から同年二月七日まで一五日間通院したが、その治療方法は牽引のみであり、同日には甲事件原告の症状が治癒した旨の記載がされている。

以上が、証拠上認められる客観的真実であるところ、甲事件原告は、まず、太田病院において、自ら紹介状を要求した点及びMRI検査を拒否した点につき、記憶にない旨供述している上、同病院の医師から転院を勧められた旨供述していること、次に、塩原病院からみくりや整形に自ら希望して転院したことにつき、塩原病院ではそんなにいさせてくれませんとか記憶にない旨供述していること、更には右各病院において診断名が異なっていることにつき、痛いといったところは一貫している旨供述しながら、その部位について、記憶にない旨供述している。

自ら転院を要求したこと、MRI検査を拒否したこと並びに自らの症状などについては通常当然記憶されているものであるにもかかわらず、甲事件原告が事実に反する供述をした意図は、自らの症状が医師の指示により転院が必要とされるほどのものであり、長期にわたる入通院が甲事件原告の意思とは関係のない、やむを得ない結果であることを殊更に強調し、印象づけるためのものと言わざるを得ない。

右のような甲事件原告の供述内容などからすれば、同人は本件事故により入退院を必要とする傷害を受けなかったものであるから、本件一、三条項により、甲事件原告の請求は棄却されるべきである。

(二) 本件二条項について

甲事件原告の症状は、前記のとおり、他覚的所見を伴わないものであるから、本件二条項により、甲事件原告の請求は棄却されるべきである。

六  乙事件被告の主張

1  本件事故の態様について

本件事故は、赤信号で停止していた被害車両に加害車両が追突したものではなく、赤信号により停止していた加害車両が、信号が青色に変わり、発進、進行した際に、未だ停止していた被害車両に追突したものである。

2  本件一、三条項について

本件一、三条項によれば、入院保険金は「平常の業務に従事することまたは平常の生活ができなくなった」ことを、また、通院保険金は「平常の業務に従事することまたは平常の生活に支障が生じた」ことをそれぞれ要件として、支払われるものである。

しかしながら、前記鑑定書によれば、本件事故により甲事件原告の頸部や腰部に傷害が生じるとは考えられないことが認められるから、右支払要件を充足しないものである。

七  主要な争点

1  甲事件原告が本件事故により本件一、三条項の支払要件を充足する傷害を受けたか否か及び充足していた場合の支払われる保険金の額。

2  本件二条項に拘束力の有無。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  本件事故の態様について

(一) 甲第八号証、乙第一、第五、第六号証及び甲事件原告の供述(一部)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 甲事件原告は、被害車両を運転して栃木県足利市伊勢町四丁目方面から同市永楽町方面へ向けて進行していた。本件事故現場は、被害車両が進行していた車線が片側二車線、反対車線が片側一車線の道路上であり、甲事件原告は、片側二車線の道路の左側の車線を前記のとおり足利市永楽町方面に向かい進行していたところ、進路前方の十字路交差点に設置されている信号が赤色を示していたところから、前方の車に続いて停車した。

(2) 川岸は、加害車両を運転して甲事件原告が進行していた車線と同一の車線を進行していたところ、前記信号が赤色を示していたことから、被害車両の直後に約六・九メートルの車間距離をとって停車した。その後、同信号が青色に変わったことから、川岸は前方に向けて発進、進行したところ、被害車両が停止したままの状態であることに気づき、同車両との距離が約四メートルに接近した地点でブレーキをかけたが、間に合わず、加害車両の前部を停止した状態の被害車両の後部に追突させた。

(3) 右衝突により、被害車両の前部のバンパーには多少の凹損が、加害車両の前部のバンパーに若干の後退が認められる。そして、本件事故による被害車両の修理費は二二万六〇〇〇円(消費税を含む)である。

(二) 右事実によれば、本件事故は、被害車両及び加害車両の進行方向前方の信号が青色に変わり、停止していた加害車両が同信号に従い発進した後に発生したものであることが認められる。もっとも、甲事件原告は、追突された際の加害車両の速度は時速約六〇キロメートル以上であった旨及び被害車両が停止していた際には後方には停車車両が存しなかった旨供述しているが、被害車両及び加害車両の損傷の状況などからすれば、右供述は信用することはできない。

2  甲事件原告の入通院状況等について

甲第三号証の一ないし三、第六号証の一ないし三、第八ないし第一〇、第一一号証の一ないし五、乙第三、第四号証、甲事件原告の供述(一部)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 甲事件原告は、本件事故当日である平成八年九月八日頸部痛、両手先から上肢のしびれを訴えて太田病院の治療を受けた。太田病院の担当医師は、頸椎捻挫と診断し、ポリネックを使用して頸部を固定するとともに、翌九日、一〇日も通院により治療を施したが、甲事件原告から日に日に症状が強くなる旨の訴えを受けたため、同月一一日から安静目的で入院させることになった。

甲事件原告は、同月一一日から同月二六日まで太田病院に入院したが、入院後はほぼ一貫して後頸部から背部にかけての痛み、両上肢のしびれなどを訴えており、右痛みは同病院を退院するときにもほぼ変化がなかった。また、同人は、入院中、これといった理由もなく、MRIなどの検査を拒んでいる上、同病院の看護婦に対し、同月一八日には、頭部からの背部の痛みが強いので点滴を止めないよう要請したり、同月二四日には、明日にはどうしても退院したい旨訴えたりした。その後、甲事件原告は、自らが持参した紹介状に医師から記入してもらった上、同月二六日同病院を退院し、翌二七日には同病院に通院したものの、みくりや整形に転院した。

同病院における甲事件原告に対する治療内容は、投薬はあったものの、ブロック療法、牽引及び理学療法はなされなかった。また、同病院において、X線などに異常はなく、頸椎捻挫の他覚的所見はなかった。

(二) 甲事件原告は、同月二七日頸部から背部の痛み、腰部痛、両上肢のしびれ感などを訴えてみくりや整形で治療を受けた。担当医師は、頸椎捻挫、腰椎捻挫と診断し、同年一〇月七日まで点滴と投薬による治療をしていたが、甲事件原告は、同日担当医師に無断で通院をやめ、塩原病院に転院した。

右通院中、X線などに異常はなく、頸椎捻挫及び腰椎捻挫の他覚的所見はなかった。また、ポリネックは依然として装着したままであった。

(三) 甲事件原告は、同月八日頸部痛、頭痛、吐き気などを訴えて塩原病院に入院した。担当医師は、頸椎捻挫と診断し、平成九年一月八日までは入院により、同月九日から同月二一日までは通院により治療を行った。右入院中の治療内容は、投薬のほかは温泉浴とリハビリテーションであったが、右退院時の同月八日には装着していたポリネックがはずされることとなった。

甲事件原告は、塩原病院の担当医師から、退院勧告などを受けることなく、自らの希望により、通院をやめ、同月二二日再度みくりや整形に転院した。

塩原病院においては、両上肢の知覚低下、頸椎可動域制限などが見られたが、それを裏付ける他覚的所見はなかった。また、MRI検査により、脊椎管狭窄が認められたが、同狭窄が本件事故によるものか、それとも加齢によるものであるかは明確ではなかった。

(四) 甲事件原告は、同年一月二二日から同年二月七日まで再度みくりや整形に通院して牽引、低周波による治療を受けた。そして、同病院の診断書には、甲事件原告の症状が同日治癒した旨記載されている。

(五) みくりや整形の担当医師は、一度目の最後の通院日である平成八年一〇月七日より再度来院した平成九年一月二二日までの甲事件原告の症状については不明であると述べるとともに、被害車両の損傷状況の写真及び修理見積書を見て、これほどの神経症状(筋力低下、しびれ感)が出ることは医学の常識から頸を傾げざるをえない旨述べており、また、塩原病院の担当医師も、それらの書面を見て、甲事件原告の症状が重症過ぎる旨の意見を述べている。

3  右甲事件原告の入通院状況等によれば、同人が本件事故当日に治療を受けた太田病院においては、担当医師が甲事件原告の治療の必要性を認めて、当初通院により、その後入院による治療を行っているとはいうものの、その入院も飽くまでも安静目的であって、右入院中、投薬による治療の他に牽引、理学療法、ブロック療法などが行われていないものであったこと、その後の転院先でもあり、四度目の通院先でもあるみくりや整形においても、最初の通院期間中は、担当医師が甲事件原告の治療の必要性を認めて治療を行っているとはいえ(診断名としては腰椎捻挫が加わっている)、その治療内容は点滴注射と投薬に限られている上、同担当医師は、被害車両の状況などを見て、本件事故により甲事件原告が訴えるような神経症状(筋力低下、しびれ感)が出ることに医学的常識から疑問を呈していること、そして、甲事件原告は三番目の病院である塩原病院に長期間入院しているが、その治療の中心は温泉浴とリハビリテーションに過ぎない上に、同病院の担当医師も、みくりや整形の担当医師と同様に、甲事件原告の症状が重症過ぎる旨述べていることが認められるところ、これらのことからすれば、本件事故により甲事件原告の受けた頸椎捻挫あるいは腰椎捻挫は、医師が通院または入院を必要と判断するほどのものであったこと、すなわち、平常の業務に従事することができなくなるかまたは平常の業務に従事することに支障を生じるほどの傷害であったことは認められるものの、甲事件原告が主張しているような長期間にわたる治療を要する重いものではなかったことが認められる。そして、これに本件事故の態様が発進した直後の加害車両がブレーキを踏んだ後に被害車両に追突するという比較的軽微なものであったことなどを併せ考えると、甲事件原告が本件事故により受けた傷害は、約一か月程度で平常の業務に従事することが可能あるいは平常の業務に従事することに支障がなくなったものと認めることが相当である。

なお、甲事件被告及び乙事件被告は、鑑定書(乙第一号証)などに基づき、甲事件原告には本件事故により本件一、三条項に該当するような傷害は生じなかった旨主張するが、右鑑定書は、甲事件原告に接することなく、そして診断することもなく、被害車両及び加害車両の状況などの本件事故の状況から出された結論が記載されているものであり、それをそのまま採用することはできないものである。

4  以上によれば、甲事件原告が入通院した期間のうち、本件一、三条項に該当する入通院期間は本件事故から一か月にあたる平成八年一〇月七日までの入通院に限られることとなる。そして、同日までの入院は一六日間、通院は一三日間となる。

二  争点2について

前記認定の事実によれば、確かに甲事件原告の症状はこれといった他覚的所見を伴わない頸椎捻挫あるいは腰椎捻挫であることが認められる。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、本件のようなある程度定型的な保険契約を締結する場合、加入者はその約款まで認識しないことが間々見受けられること、そして、本件二条項に規定されているとおりに、他覚的所見のない頸部症候群または腰痛に対し、一切保険金が支払われないものとすれば、余りに保険会社に有利に働くこととなり、不当な結果を招く恐れが充分に認められることからすれば、本件二条項については、保険契約の当事者に対する拘束力はないものと考えることが相当である。

三  したがって、甲事件原告が甲事件被告に対し請求できる保険金額及び乙事件原告が乙事件被告に対し請求できる保険金額は、入院が一六日間、通院が一三日間となるから、それぞれ七四万円(一六×三万円+一三×二万円)、三七万円(一六×一万五〇〇〇円+一三×一万円)となる。

第四結論

以上の次第で、甲事件原告の甲事件被告に対する本訴請求は、金七四万円及びこれに対する平成九年一〇月二五日(本件訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、乙事件原告の乙事件被告に対する本訴請求は、金三七万円及びこれに対する同日(本件訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢数昌雄)

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